坂上貴之

プロフィール:

学習に関わる実験心理学、特に実験的行動分析の枠組から行動の生成・変容・維持の諸過程の量的な解析を考えることを主要なテーマとしてきました。最近では行動的意思決定研究の分野にも興味があります。

本年度研究紹介:

プロスペクト理論 (Kahneman & Tversky, 1979) によれば、選択場面においては各選択肢の損得といった“価値”の大きさと、それが起こる確率によって判断され、選択が行われるとされる。多くの選択は、“価値”と確率の積によって求められる期待値によって説明されるが、一方でヒトの選択行動では多くの場面で期待値による予測から逸脱した選択が行われることが報告されている。賭博者の錯誤 (Gambler's Fallacy; Jarvik, 1951) やホットハンドファラシー (Hot Hand Fallacy; Gilovich et al., 1985) は、逸脱した行動の例として挙げられる。このような逸脱した選択が様々な場面において見られることは報告されているが、この現象を生じさせる要因については十分に明らかにされていない。また、そこで操作される“価値”や確率は、多くの場合、言語教示によって与えられたもので、選択経験によって獲得されたものではない。本研究では、繰り返し行われる選択場面において、“価値”と確率の値を操作し、ヒトを含む動物の選択行動の変化を時系列で分析することによって逸脱した選択を制御している要因を明らかにすることを目指す。本研究の成果は、日常的なヒトの選択行動についての理解を深めるものであり、また、臨床分野への応用が期待される。

平成25年度の研究成果概要:

1. 眼球運動のマッチング(個別研究)
本研究では、ヒトの眼球運動のマッチング法則について検討を行った。マッチング法則とは、選択肢間の相対強化率に各選択肢に対する相対反応率が一致する事実を言う。本研究では、サルを対象として眼球運動のマッチングを報告したSugrue et al. (2004) の実験の追試をヒトを対象として行い、その中でヒトの眼球運動の制御要因を明らかにすることを目的とした。
実験では、赤および緑の円が注視ターゲットとして画面上の左右に同時提示され、実験対象者はどちらか一方の円へ視線を向けることが求められた。制御プログラムは、強化準備状態になるかどうかの判定を1秒ごとに行い、準備状態になった時に、予め定められた比率に従って赤と緑のどちらを強化準備状態にするかが振り分けられた。赤と緑間の強化率、選択変更後遅延の有無、強化子獲得のための完了反応の有無等のパラメータを変化させ、選択行動の変容を見た。
実験の結果、選択変更後遅延なし、及び、完了反応なしの条件で実施した群において、より強いマッチング傾向が観察された。このことから、より単純な実験条件においてマッチングが生じやすい可能性が示唆される。しかし全体的に十分なマッチング現象はされず、現時点では、強化子の効果が弱いこと、試行数が十分でなかったことなどを検討中である。

2. 画像刺激の魅力度に関するweb調査(共同研究)
本研究では、web調査を用いて、風景写真および無意味図形の選好について調査を行った。本研究の目的は、様々な選択行動や選好形成の手続きにおいて用いることができる、刺激プールの作成にある。
調査はインターネットリサーチ会社を通してweb上で行われた。調査対象はリサーチ会社に登録されたモニターであり、全国に在住の20代から60代までの男女、計1042人が調査に参加した。調査の手続きは評定ブロックと比較ブロックに分けられ、両ブロックの実施には1週間程度の期間があけられた。調査で用いた刺激は風景写真、多角形型の無意味図形、フーリエ記述子型の無意味図形の3シリーズであり、予備実験を経て選別された各シリーズ100種類ずつの刺激を用いた。回答者には3つのシリーズのうち2つのシリーズが順序を考慮して割り当てられた。評定ブロックでは、画面上に表示された目盛りにおいて、左端を「非常に好ましくない」、右側を「非常に好ましい」とし、刺激画像が画面上に1枚ずつ提示されるたびに、カーソルを左右に移動させてその画像の好ましさの度合いを回答することが求められた。比較ブロックでは、評定ブロックにおいて評定を行った100種の刺激の中から、当該回答者の評価に応じて1位から100位の順位を付け、順位の間隔が均等になっている12種類を使用した。回答画面では12種の刺激から2種類ずつを選んで画面の左右に提示し、回答者はどちらの刺激がより好ましいかを、右か左で選択し回答することが求められた。調査結果のうち、回答時間が極端に長かったもしくは短かった対象者のデータ、回答に極端な偏りが見られた対象者のデータを外れ値として除外し集計を行った。その結果は現在解析中である。

平成24年度の研究成果概要:

選択行動の予測と制御に関する検討として、評価条件づけ手続きにおける被験者の眼球運動を記録し分析を行った。評価条件づけは、古典的条件づけの一つとして位置づけられ、その手続きは、感情価を持たない刺激を条件刺激 (CS) とし、ポジティブまたはネガティブの強い感情価を持つ刺激を無条件刺激 (US) として、この双方を対呈示する。この場合、ポジティブな感情価を持つUSと対呈示されたCSに対してより好ましいという判断を下し、一方ネガティブな感情価を持つUSと対呈示されたCSに対してより好ましくないという判断を下すという現象が報告されてきた。実験の手続きは学習フェーズと判断フェーズに分けられ、学習フェーズではUSとして単語刺激または画像刺激、CSとして無意味図形の2つの刺激がコンピュータ画面上に呈示された。判断フェーズでは、学習フェーズで用いられたCS同士を組み合わせて呈示し、どちらの図形がより魅力的かボタン押しによって判断することが求められた。従来の研究では、評価条件づけの効果は学習フェーズにおけるCSとUS間のシフトの回数と正の相関を持っており、シフトの回数が増えるほど条件づけの効果が強くなることが示されており、本実験でも同様の結果が得られることが期待された。
実験の結果、一般的に示されている評価条件づけの効果が得られなかった。また、学習フェーズにおける刺激間の視線のシフト回数は被験者により異なったが、シフト回数と条件づけの効果との間に一貫した関係は見られなかった。評価条件づけの効果と眼球運動との関係性を議論するためには、実験手続き等を改良し、更なる検討を必要とする。


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